2009年10月29日木曜日

【映画総論】 映画館に行かないのもいいもんですよ

■映画「館」料金は下がらない

映画料金をこれ以上下げることは出来ない、というのは動かしがたい現実なのだろう。

1800円でもぎりぎりのラインらしい。また、値下げ即集客増というわけでもないらしい。)

そうすると、

映画「館」で映画を見るためには、現在の水準の対価を支払わなければならない。

という事態は、この先も受け入れていくほかないのだろう。

■「館」は高級品、と割り切ったほうがいい

とはいえ、客からすれば割高感がある、というのも動かしがたい事実である。

この開きは、この先埋まることはないだろう。

だから、そこを埋めようとしても仕方ない。
 「映画料金高え」「うっせ、仕方ねんだよ」式の論争は、不毛でしかない。(いや、ほんと反省してます・・・

・・・なら、いっそのこと、こういう認識で割り切ったほうがいいんじゃないか?

「館」に行くのは、いまや「たまの贅沢」なのである。

「たまの贅沢」なのだから、現在の料金だって妥当(むしろ安いくらい)なのだ。
「たまの贅沢」を日常的にしようとするから、割高に感じるのだ。

※そう考えると、たとえばTV局出資の映画というのは、TVを使って全国的な祭りを仕掛け、視聴者に「その祭りに参加する」という「たまの贅沢」を提供しているものであるから、いまの「館」のあり方に即したまっとうな商売なのだろうなあ・・・。

■「映画は映画館で」は逆宣伝じゃねえの?

で、思うのだけれど、

「館」に行くことは、いまや「たまの贅沢」であって、これを日常的に継続しようとすると生活のどこかに無理が生じる。
(※割引を利用すればそんなことないよ、と言われるかもしれないが、割引をいちいちチェックすること自体「無理してる」んじゃないでしょうか?? これを「無理」と思わない方は、それだけで映画愛の深い方といえるのでありまして・・・) ←と、「館」に行ってたころの自分を褒めてみる

なのに、「館」で見ないと映画じゃない、なんてことを言い始めると・・・

「映画」そのものが「たまの贅沢」になってしまう。
「映画」を日常的に楽しむことが、ますます遠ざかってしまう。


日本で日常的に映画を楽しむには、レンタル屋を使うのが現実的な選択だ。
そこを無視して、無邪気に「映画は映画館で見ないと~」なんて吹聴して回るのは、映画を日常的に楽しむこと自体を否定するに等しい。
ますます映画から人を遠ざけてしまう。

・・・これって、「館」の中の人からしても、決して歓迎すべき事態ではないのでは?

■だからDVDで見てればよかとですよ

どうやら、「館」にはテーマパーク的な興奮が求められている模様
だったら、「館」はそういった作品に特化して商売すればいいんじゃないでしょうか。

ただ、「映画」そのものが好きな人間としては、そうじゃない作品も見たい。

で、そういう非テーマパーク的作品に関しては、DVDで見てればいいじゃないかと。

幸い、アメリカの「館」はテーマパークではない模様
したがって、レンタル屋には、アメリカで作られた「非テーマパーク的作品」がたんまりある。

(あと、レンタル屋には、日本映画が本当の意味で大衆娯楽だった時代(「館」がテーマパークでなくてよかった時代)の作品もたくさんありますしね・・・)

それを見てればすむ話じゃないかと。
「館」で見なくても、映画は映画なのだから・・・

 映画は、「館」の外でも見れます。
(厳密には、日本の「館」がつぶれてしまうと、国産映画の新作は「館」の外でも見れないことになってしまうが、ぼくはべつにそれで構わないと思っているw

あとのことは、「館」の中の人にまかせることにしましょう・・・

※あ。 「館」の中の人たちは、いっそのこと商売をブルジョア向けに割り切ってしまえばいいんじゃないですか? 「たまの贅沢」どころじゃなくて。 料金も上げられていいこと尽くめですよ。 DVDしか見れない俺みたいな貧乏人は無視してさ(笑)

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